カフェ・ブレイク
なっちゃんの住む階に到着して扉が開く。

「おやすみ。」
エレベーターの扉が閉まってしまわないようにボタンを押したままそう言うと、なっちゃんはちょっと思い詰めた顔をして俺の胸にしがみついてきた。
紙袋とボタンで手がふさがっている俺は、拒絶することも抱き留めることもできず、なっちゃんの体当たりの衝撃にただ耐えて突っ立っていた。

「……好きです。それでも。やっぱり、好き。」
心が温かくなる。
うれしい。
けっこう、マジでうれしい。
でも、流されるわけにはいかないな、と踏みとどまった。

「ありがと。なっちゃんがもうちょっと大人になったら、遊んであげてもいいよ。」
自分でも驚くほど上から目線でそう言った。

なっちゃんは、俺にしがみついたまま、震えて嗚咽しだした。
……泣いちゃった。
やっぱり、ダメだよなあ、これじゃ。

「誰かに見られると外聞悪いから、離れてくれる?」
可哀想だけど、そう突き放す言葉をかけた。

なっちゃんは、泣きながら俺から離れた。
……素直でかわいい。
涙でぐじゅぐじゅになったなっちゃんに、俺の頬が緩んだ。

相変わらず両手はふさがったまま、腰を少し折って、なっちゃんの頬に軽く口づけた。

「!!!」

言葉にならない声を挙げたなっちゃんに、
「おやすみ。」
とだけ声をかけて、エレベーターに扉を閉めた。

まだ10代の女の子の一途な想いは、やはり俺には重い。
だからと言って、俺の望む、後腐れのないアヴァンチュールを求めるのは酷というものだろう。
残念だけど、手詰まりだ。
……今は。



翌朝、なっちゃんのくれたチョコレートケーキを朝食代わりにいただいた。
小ぶりだけど高さのあるケーキの中には、紅玉のリンゴが丸ごと1つ入っていた。
褐色のケーキに毒々しいまでの赤い紅玉の皮の色が滲んでいた。

口に入れると、チョコのほろ苦さと甘さに紅玉の酸味が心地よかった。
……やっぱりなっちゃん、料理上手だな。
ホント、いい奥さんになるよ。
誠実な男と出逢えることを祈ってるよ。

本気で俺はそう思っていた。 
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