カフェ・ブレイク
マンションに帰り着くと、なっちゃんは早速、うちのキッチンのシンク下や冷蔵庫をチェックした。
「大丈夫!作れます。……章さんは、お風呂にでも入ってのんびり待っててください。」
「いや、手伝うよ。」
さすがに全部やらせるのは悪い気がした。

でもなっちゃんは、
「じゃあ、テーブルの上を片付けてください。」
としか言わなかった。

ご飯が炊けると同時に、なっちゃんはテーブルにお皿を並べた。
「重いけど素敵ですよね。これも、おじいさまの形見ですか?」

「うん?ああ、半分は。祖父が道楽でイロイロな焼き物を揃えてたけど、震災でほとんど割れちゃって。さすがに砥部焼(とべやき)は分厚いから強いんだろね。」
以後、俺も何度か砥部焼を買いに窯元を訪ねた。

「砥部焼、というんですか。模様が独特な陶器ですね。でも、お料理が映えそう。」
白地に藍色の模様は、確かに馴染みがなければ不思議に見えるかもしれない。

「陶器じゃないよ。砥部焼は磁器。」
「……磁器って、もっと薄いものだと思ってました。」
「まあ、そういうのが多いけどね。」

なっちゃんは、砥部焼の四角い平皿に鯵の干物の焼いたのを出してくれた。
お味噌汁は、玉葱と油揚げ、薬味に葱、吸い口に柚子。
なぜか、さらに3品。
きんぴら、大根サラダ、蕪と鶏肉の炊いたの。
この短時間に、在庫の根菜と冷凍保存の鶏肉の端っこだけで……お見事。

「冷蔵庫の菜っぱは全滅でした。残念ながら。」
「あー、そうだろな。ありがと。いただきます。」
早速、お味噌汁からいただいた。
……しみじみ美味い。
うちの在庫の味噌とだしパックなのに、何が違うんだろう。

鯵も、一味違う気がする。
不思議だ。
「全然腹減ってなかったのに、ご飯が進むわ。なっちゃん、マジ、うまい。……ねえ、今年はイカナゴの釘煮も作ってよ?」
何の気なしにそうお願いしてしまった。

するとなっちゃんは、ぶんぶんと首を縦に振った。
「得意です!任せてください!」

「おー、楽しみ。早く解禁にならんかなー。」
うきうきして食べてると、なっちゃんが言った。

「柚子大根はお好きですか?」
「ん?うん、普通に食べるけど。」
「じゃあ、仕込んでおきます。お大根けっこう残ってるけど、たぶん章さんが食べきる前に、すが入っちゃうと思うので。」
「……ありがとう。」

なっちゃんはキッチンカウンターの向こうに回って、大根を切り始めた。
俺は手料理をいただきながら、なっちゃんをボーッと見ていた。

この子と結婚する果報者はどんな奴なんだろう。

そいつをうらやましく感じると同時に、なっちゃんを袖にし続けたことをちょっとだけ後悔した。
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