カフェ・ブレイク
なっちゃんは、ため息をついた。
「結局どこへ逃げても別の苦しみが発生するんですね。逃げ場なんてないのかも。」

……逃げ場、ねえ。
まあなあ……。
極楽とんぼの俺でさえ、叶わない恋を昇華できずジレンマを抱えてる。
普通なら、仕事、家庭、人間関係……さまざまな苦しみの種があるんだろうと思うよ。

「でも、苦しみだけじゃないだろ?幸せで、帳消しにしなよ。一応、結婚を決めたからには、好きな男なんだろ?」
でもなっちゃんは、返事をしなかった。

おいおいおい。
気持ちなしで結婚する、とか言うんじゃないだろうなあ?
まさかとは思うけど、俺への当てつけ?
……そんなことで、結婚までしないか。

「章さんは?どうして、いつまでもお一人なんですか?」
なっちゃんの目が据わってきた気がする。

「俺?……その気にならないだけ、」
「忘れられない女性でもいるんですか!?」
たたみかけるように詰問された。

「……なっちゃんには関係ない。」
「ずるい。私だって、言いたくないこと言ったのに。ちゃんと話してくださいよ。」
そう言ってから、なっちゃんは立ち上がった。
両手でスカートをつまんで、優雅にお辞儀をして見せた。
何のつもりだ?

「春には大学を卒業して、結婚します。それについては確定事項で、今後も変更は絶対ありません。私自身もこの通り、オトナの女になったと思いません?」
なっちゃんの言葉に鼻白む。

「めんどくさいことは言いません。駆け引きするつもりもありません。後腐れないことも保証します。……だから、抱いてください。」

……本気なのか。

「いや、多少は駆け引きしてくれないと、そんな風に明け透けでも、萎える。」
思わず本音で答えた。

なっちゃんは、ちょっと首をかしげてから、得心したようにうなずいて、ほほ笑んだ。
「じゃあ、バーターで。私と遊ぶと、もれなく夕食と朝食をお作りしますよ。」

ふっと、心が和んだ。
「何だよ、それ。」

俺の声がやわらいだのを感じて、なっちゃんはニッコリと笑って言った。
「お望みなら、お弁当とスイーツもおつけしますけど。」

……三食デザート付なっちゃん?

いわゆる、恋愛の駆け引きとはだいぶずれてるけど、なっちゃんの提案はかなり魅力的で抵抗しづらかった。
「そこまで下手に出て、何で今さら俺なの?こんなおっさんほっといて、旦那と幸せになりゃいいんじゃない?」

俺の疑問になっちゃんは苦笑した。
「それは章さんも同じじゃないんですか?想いが切れないまんまじゃ、一生引きずってしまうわ。次に進むためです。」

……わからないな。

男にとってセックスは目標で女にとっては手段だと思ってたけど、この場合のなっちゃんはまた違う。

ケジメ?
俺から卒業、って感じなのだろうか?

まあ……そういうことなら、断る理由もない、か。

……旦那と比較されそうでちょっと身構えるけど。 
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