カフェ・ブレイク
「なっちゃん、急に綺麗になったな。結婚前だから……じゃないよな。……もしかして、お前?やった?」
小門に指摘されたのは、ちょうど、なっちゃんの卒業式の始まった頃。

その朝、なっちゃんは俺の部屋から美容院へと向かった。
8時半頃、袴姿をメールで俺や玲子(れいこ)に送信して寄越したが、確かにこれまでなかった色気が出てきたように思う。

「ノーコメント。明後日の謝恩会が終わったら引越。それで終わり。」
小門は何とも言えない表情をした。
「それでいいのか?」

……いいも悪いもない。
「そういう約束。」
俺はぶっきらぼうにそう言って、ドリップした。
イイ香りが立ち上り、癒される。

「……あの子のこと、けっこう好きなくせに。意地はらずに、引き止めれば?」
まっすぐな小門の言葉に、俺は動揺した。

「引き止める?今さら?……できない。」
「今さらじゃなくて、今がちょうどそのタイミングだろ?」
コーヒーを小門の前に出してから、俺は苦笑した。
「無理。できない。」

小門は、大きな息をついた。
「頑固な奴。」

……だって、しょうがない。
この2ヶ月で、身体は満たし合えたけど、心はねじくれてしまった。
俺は毎日、終わりを待ち望みながら、快楽に溺れてる。
なっちゃんもすっかり開発された。
せめてもの餞(はなむけ)だ。

「ま、失ってから後悔するんだな。」
小門は嫌な言葉を残して、仕事に戻った。

10時だ。
店を開けて、今日も純喫茶マチネの1日が始まった。


14時頃、なっちゃんがやってきた。
袴一式は、もう返してしまったらしく、洋服だった。
「いらっしゃいませ。」
「こんにちは、マスター。卒業式、終わっちゃいました。念願の、緑の袴も着られて感無量。」

念願だったのか?
黒い着物に緑の袴は、えらく地味に感じたのだが、本人がどうしてもその格好をしたかったらしい。

「それは、おめでとうございます。謝恩会は、振袖ですか?」
2日後の謝恩会は、ホテルで華やかに行われる。
この日が、なっちゃんとの最後の予定だ。

「ううん。もう振袖は着ることないので、従妹にあげちゃいました。謝恩会はドレスです。ティアラと白いドレス。」

……既婚者は振袖を着ないもんな。

「デビュタント?ウィーンの?」
「あら、ウィーンなら、ティアラじゃなくてディアデムですわ、王冠。……私のコンセプトは、デュエダンです。」

でゅえだん?何だ?
「……すみません、不勉強でわかりません。」

謎の言葉に苦笑してそう言った。
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