カフェ・ブレイク
「じゃあ、出発しましょうか。シートベルト、しめてくださいね。」
車を発進させようとすると、義姉がすっとんきょうな声を挙げた。
「え!?何でペダルが4つもあるの!?」

はい?

「……3つです。一番左はフットレストなんですよ。で、クラッチ、ブレーキ、アクセルですね。」
「クラッチ?」
義姉は怪訝そうな顔をした。

……もしかして……?

「お義姉さん、オートマ限定ですか?これ、ミッションカーなんですけど。」
恐る恐るそう聞いてみると、義姉は口をへの字に閉じて押し黙ってしまった。

……あーあ。

返事もしない義姉が怖かったけれど、とりあえず出発させた。
教習所の車よりも、地を這うような安定感があり、何より、シフトチェンジやクラッチ・アクセル操作がすごく楽しかった。

滑らかにシフトが繋がった時の言いようのない悦びに浸りながら、最寄のスーパーを通り過ぎて、少し大きなスーパーへ行った。
リアウィンドウが小さくて見にくいので、駐車は緊張したけれど、なんとか一発で決めることができた。

「お義姉さんも、お買い物されますよね?」
テンションが上がってニコニコしている私とは対照的に、義姉は少し顔色が悪かった。
「……新車の匂いが気持ち悪くて……シートは固いし、乗り心地悪い……」

え?

「大丈夫ですか!?……しっかりホールドされて長時間の運転に向いてると思ったんですけど……」
そう言いながら、車を降りる。

「……乗りにくいし、降りにくい。これ、助手席でもママは無理よ。あいたたた……」
義姉は腰を押さえながら、車から降りた。
「よくこんな車、買ったわね。私は、二度と御免だわ。」

睨み付けるように車を見て、義姉はそうのたまった。
……まあ、頼んで乗ってもらう義理はない。

私は苦笑して、聞き流した。

義姉とは正反対で、私は車の乗り心地に大興奮していた。
重たいけど遊びのないステアリングもブレーキも、すごくいい。
車と一体化してるかのような心地よさが楽しかった。

その後もトヨタ86は私しか運転しなかった。
私が誰にも気がねなく、どこへ行くにも愛車を乗り回した。





「夏子さん、少し地味な格好をしてくれないかね?」

お盆の法要の時、舅にそう言われて私は驚いて、自分の着ている服を見た。
……ちゃんと法事用の黒いワンピースなのだけど……。
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