カフェ・ブレイク
しばらくは、穏やかな日々が続いた。
夫は週末ごとに実家に帰り、私は1人の時間を有効に使うべく、日比谷へ観劇に通った。

何となくこのまま上手く落ち着いてくれそうに思っていた。
……でも、それは私の希望でしかなかった。



いつの頃からか、夫との会話に違和感を覚えた。
もともと饒舌ではない人ではあるけれど、要領を得ないことが増えた。
言いにくそうにしているその意味がわからなかったのだが……12月のある夕食時、夫の目線を追って気づいてしまった。

夫の携帯電話が2台に増えてること。
そして、隠されていたその電話が……通話中だったことに。
画面には姑の名前と携帯番号が映っていた。

<何?あれ>
手元にあったチラシの端に、そう書いて夫に突き出した。

夫はみるみるうちに真っ青になった。
黙ってうつむいた夫を見て確信した。
夫と私の会話を、姑はずっと聞いていたのだ。
……ずっと、ではないかもしれないけど、少なくとも、私が違和感を覚えた会話は聞かれていたのだろう。

信じられない。
そこまでする?
ものすごく……気持ち悪い。

「……あ!明日のパンが切れてた!ねえ?これからコンビニまでデートしない?」
声だけは明るくそう言って、夫を睨んだ。

夫はため息をついて、うなずいた。
「では私も一緒に行きましょう。」

私は立ち上がって、通話中の携帯を掴み、夫に突き出した。
夫は無言で受け取ると、通話を切った。


「いつからこんなことしてたんですか?」
いつまでたっても口を開かない夫に痺れを切らして、私はそう聞いてみた。

「……こちらに住みはじめて、すぐです。……と言うか、こちらに住む条件のようなものでした。」

はあ?

「条件って!とっくに成人して結婚までしてるのに、イチイチ親の許可がいるんですか!」
全く意味がわからない。

でも夫は悲しい顔をした。
「成人しようが、就職しようが、親子の絆は切れません。親の言いつけを拒絶することはできません。」

……あ、そう。
わかった。
もう、いい。

「そうですね。夫婦の縁は切れても親子の縁は切れませんね。……どうぞお母さまといつまでも仲良くなさってください。私はそんな理不尽な命令に付き合ってられません。離婚しましょう。」
キッパリとそう言った。

夫は何を言われたのか理解できないらしく、ぽかーんとしていた。
「いったい、なにを……」
私は、隣の部屋から夫のスーツや下着を取ってきて押し付けた。

「出て行って。もう一緒に居られない。」
「夏子さん!」
「……出て行って。」

私はもう一度そう言って、食卓に並んでるまだ食べかけの料理を全て片付け始めた。
捨てるのはもったいないから、お弁当に入れよう。

まだお箸を持って呆然としている夫の存在を完全に無視して、食器を洗ってしまった。

無言で寝室に入り鍵をかけた。
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