カフェ・ブレイク
クリスマス前の連休に、私はマンスリーマンションに引っ越した。
なけなしのボーナスが全部なくなってしまったけど、勤務高校に、より近くなった。

すぐに冬休みに入り、暇になった私は、採用試験の勉強に集中できた。
年明け早々に大阪の私立中学校、1月半ばに東京の私立学園と埼玉の女子高……いずれも契約職員だけれど、この3校に絞って試験の準備をした。


12月30日の夜。
見るからに打ちひしがれた中沢先生が訪ねて来た。

「ほんの数日で、ずいぶんとやつれましたね?」
「あ~……そうかもしれませんね。何も食べてないから。」
……そりゃ痩せるわ。

「どうぞ。何か作ります。召し上がってってください。」
「ありがと。……有り金、全部なくなっちゃった。」

え?

「これから夜逃げするのに、一文なし?ですか?」
それは無謀過ぎるでしょう。

「うーん。資金を増やすつもりで年末の大勝負に出たんだけどね。ヒモで買うてた選手が落車しちゃってね。僕のお金ぜーんぶ紙屑になっちゃった。」

何のこと?
意味がわからない。

首をかしげてると、中沢先生が苦笑した。
「競輪のグランプリで、負けちゃった。」

……はあ。
それには何の同調もできない。

とりあえず、ご飯を炊こうとして、確認した。
「ご飯、どれぐらい食べてないんですか?お粥とかリゾットとかのほうがいいですかねえ?」
「どうだろ?でも脂っこいものはもともと苦手。」
「……お鍋でもしましょうか。」

1人鍋はつまらないので、私にとってもひさしぶりの鍋。
塩麹と生姜で味を調えた水炊きにした。

鍋をつつきながら、これからのことを聞いてみた。
「うん……奈良に行こうと思う。」
「奈良?ご親戚かお友達でもいらっしゃるんですか?」

そういえば、以前、奈良のことを聞かれた気がする。
「いや。……応援したい競輪選手ができたんだ。彼の活躍を見ていたい。」

競輪選手?
ダメだ、この人。
無一文になっても、夜逃げしなきゃいけない状態になっても、全然懲りてない。
根っからのギャンブラーって、こういう人なんだわ。

「無一文で、奈良に行けるんですか?」
「ガソリン満タン。何とかなるよ。」

……なるの?

「いつ、出発ですか?おにぎりいっぱい作ります。」

心配だけど、中沢先生には中沢先生の道がある。
引き留めることも、諫めることも、もちろんついていくこともできないのだから、私は私のできる範囲でこの友人を助けたい。

「こっちにいても仕方ないから、今夜出るよ。」

今夜!
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