カフェ・ブレイク
早速、私はご飯を炊いた。
冬場だし日持ちしてくれるよね?
3合のご飯を10個のおにぎりにした。

「器用なもんだね。」
中沢先生の感嘆に苦笑する。

「おにぎりなんか子供でもできますよ。」
「……いや。こんな状態だから、弁当やおにぎりをいただくこと増えたけど、夏子さんの料理は本当に美味しいよ。何が違うんだろ。普通に、ご飯に塩を混ぜただけなのに。」
首を捻る中沢先生。

「たぶん経験値。それから、私自身が食いしん坊だからじゃないですか。」
そう言ってから、心にふっと思い出が蘇った。

「……奈良に住まわれて、落ち着かれたら、神戸に足を伸ばしてみてください。」

「神戸?何かあるの?」
「港。南京街。旧居留地。異人館……」
「全部横浜にもあるじゃん。」

「……純喫茶マチネ。」
言葉にすると、ものすごく特別なモノに感じた。
無意識に涙がこぼれた。

びっくりしたけれど、中沢先生はあまり驚かず、ニヤリと笑った。
「なるほど。夏子さんの心はその店に置いて来ちゃったんだ。旦那、かわいそー。」

否定できない。
「……そうですね。」
やっとそれだけ言って、私は両手で顔をおおってシクシクと泣いた。

「やれやれ。隙だらけですよ、夏子さん。」
中沢先生はそう言いながら、軽く背中をトントンと跳ねるように撫でてくれた。

「ごめんなさい。中沢先生、お話しやすいから……封印してたモノまで出て来ちゃいました。」
クスンと鼻をすすってから、慌ててティッシュに手を伸ばした。

「ま、いいんじゃないですか?てか、いっそ、夏子さんも関西に帰っちゃえば?離婚するんでしょ?」
中沢先生にそう言われて、私はうなずいた。

「来週末……年明け早々ですが、大阪の私学の採用試験を受けるつもりです。」
採用されれば、帰れる。

……今さら、章(あきら)さんには相手にされないかもしれないけど、それでも逢いたい。
章さんに触れたい。
虐められてもいいから……抱かれたい。

「受かるといいですね。陰ながら応援してますよ。あなたの幸せを。」
中沢先生はそう言って、私を軽くハグした。

意外なことに、全然いやらしく感じなかった。
なるほど、恋愛抜きの男女間の友情って、こういことなのかな。


中沢先生。
ほんの3ヶ月ちょっとだけど、お世話になりました。

あなたがいてくれて、毎日のように保健室に遊びに来てくれて、私はどれだけ救われたことか。

……次にお会いするときには、私達2人とも、幸せでいたいですね。
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