カフェ・ブレイク

『私も転勤が決まりました。』
夫はそう言うと、ものすごく緊張した声で聞いてきた。
『夏子さんは、どちらで働く予定ですか？』

え？
それ、言わなきゃいけないの？
……中沢先生が夫のことをストーカーと言ってたことを思い出して、不安にかられた。

「あの……聞いて、どうするんですか？」
『私達はまだ夫婦です。妻の勤務先と住所を知らないわけにはいきません。』
夫は強気な言葉を選んでいたが、その声はむしろ震えていた。

「私の中ではもう離婚して、赤の他人だったんですけど。てか、さっさと出してくださいな。ややこしいんで。お義母さまにも、言われません？ケジメつけろ、って。」

姑を出したことで、夫はカッとしたらしい。
『母は関係ありません！これは夫婦の問題です！』
「……そうですか？栄一さんがお義母さま離れしないからこうなったと私は思ってますけど。」
そこは譲れない。
私は、たたみかけるように言った。
「わかりました。栄一さんに言っても埒があきませんね。お義母さまに、離婚届の提出をお願いしますわ。」
利害関係が一致してる以上、停戦協定は可能だろう。

でも、夫は低い声で少し笑った。
『無駄ですよ。……まったく、あなたがたは、仲が悪かったのに、どうして同じことを言うんでしょうね。』

「そりゃお互いに関わりを断ち切りたいからでしょう。……無駄って、どういう意味ですか？」
『役所に不受理を申し出ています。母も、夏子さんも、勝手なことはできませんよ。』

はあ！？

「栄一さんは、私と離婚しないおつもりですか？もう何ヶ月もお会いしてもいないのに？」
『それでも私は、あなたを愛してます。』

夫の言葉は静かだったけれど、その分凄みを感じた。

「だったら！どうしてあんなことしたんですか！？」
つい声が大きくなり、私は慌てて口を手で抑えた。
「……聞くまでもないですよね。大切なお義母さまのご希望ですものね。」
イライラする。
どうしても受け入れられないし、許せない。

『夏子さんの勤務地はどこですか？』
「そんなこと聞いてどうするんですか？今さら、やり直そうなんて言わないでくださいね？」
釘を刺すつもりでそう言った。

しばらくの沈黙のあと、夫は驚くべきことを言った。
『私たちは、２人だけなら、うまくやっていけると信じています。転勤で実家から離れるのですから、やり直しは可能でしょう。お願いします。もう一度、私を信じてください。』

「いや！無理！たとえお母義さまが亡くなられても、もうダメ！私、栄一さんを信用できないもの。何年かかっても離婚します。」

また声が大きくなったことに途中で気づいて、慌てて声のトーンを落とした。