恋より先に愛を知る
玄関で靴を脱いで上がると、
お母さんが顔を出した。
「あかね。どこに行ってたの?」
【新幹線の切符買ってきた】
「本当に、お父さんには内緒で行くの?」
私が頷くと、お母さんはため息をついて言った。
「やっぱりちゃんと言ってから行きなさい。心配するから」
【言ったら許してくれるの?絶対だめっていうじゃない】
「でも、やっぱり言わなくちゃ」
【言わないよ】
私がきっぱりそう言うと、お母さんは諦めたように二階へ上がっていった。
しばらく切符を眺めていると、足音が聞こえた。
お父さんだ。
私は切符を隠してリビングでじっとしていた。
ガチャっと、背中のほうでドアが開いた音がする。
ゆっくりと大きなオーラが私に近づく感覚は、
まさにお父さんそのもの。
お父さんは私と向かいあうようにしてその場に立つと、
静かに言った。
「どこに行ってたんだ」
お父さんを見あげると、お父さんは続けた。
「お前、どこか行こうとしてるんじゃないよな?」
分かってる。
お父さんはもう、
私がどこに行こうとしているのか、お見通しだ。
「ダメだからな。東京に行くのは」
ほら。言った。
ダメだって言うって、言ったじゃない。
私がお父さんから目を逸らさず黙っていると、
お父さんはこう続けた。
「行くなら自分の口で言いなさい。
・・・本当は喋れるんだろ?」
“本当は”?
本当はって、何?
どうして私がわざと喋れなくならなくちゃいけないの?
歌を歌うことも出来なくて、
誰かを呼ぶこともできなくて、
みんなからは白い目で見られて。
そんなこと、どうして自分からしようと思うの?
わざとって言いたいの?
どうして?なんで?
私の、お父さんなのに・・・。