恋より先に愛を知る
ねえ。
ここから東京まで、
どのくらいかかるかわかる?
新幹線で3時間、
車で7時間ないし8時間。
私はお父さんの決断がどれだけのものか知ってる。
だから本当に本当に、
感謝しきれないくらい貴重な機会だと思ってる。
お風呂に入って、寒くないように着替えると、
お母さんがコートを持ってやってきた。
「寒くない?あっちは寒いのかしら。
風邪ひかないようにね。喘息だってひどいんだから」
「わかってる。ありがとう」
私がコートを受け取って羽織ると、
お母さんは声のトーンを落として言った。
「お父さんね、あの事件があってから心配なのよ、
あかねのこと。あれだけの傷を負ったのに、
これ以上余計な傷は負わせたくなって、
思ってるだけなのよ」
お父さんは普段、寡黙な人だ。
何を考えているのかわからない。
いつも難しそうな顔をしていて近寄りがたいところだってある。
自分の考えは言わないけど、
人の考えは聞かないと納得しない性格の人。
だからこそ、お母さんにしかわからないこともある。
お母さんが言ったことは多分、お父さんの本当の気持ち。
わかってる。
愛されてるからこその、
大きな壁になる存在だってこと。
「行ってらっしゃい。気を付けるのよ」
【お母さん、ごめんね。ありがとう。】
こんなに、こんなに我儘でごめんなさい。
大人になるほんとうの直前で、
困らせちゃってごめんなさい。
だけどありがとう。
お母さんは私のノートを見ると静かに笑った。