恋より先に愛を知る



<星沢和輝>





その名前を、去年と同じように指でそっとなぞる。



そうしてじっと眺めていると、
ふと視線を感じて顔を上げた。


私の座る席の斜め前あたりに、
私にLINEをくれたしおり先輩の顔が見えた。


私を見つけて手を振る先輩に、
私は笑いかけて頭を下げる。


先輩はすぐに私のところまで駆け寄ってきて、
笑いかけてくれた。




「あかねちゃん!来られたんだね!」



【私、今声が出ないんです】




私はノートを出してそう先輩に説明する。



「そっか、ストレスとかかな?早く治るといいね」



【ありがとうございます。私、
 今日はちゃんとけじめをつけにきました】



「けじめ?それって、星沢のこと?」



【はい。今日は初めて会った特別な舞台だから。
 これで終わりにしにきたんです】




先輩は私を哀しそうに見つめて、
それからまた笑った。




「そっか。偉いなあ。
 その行動力、尊敬するよ。頑張ってね」




【ありがとうございます】




先輩と話しているとベルが鳴り響いて、
お客さんがみんな席に着き始めた。



「じゃあ、また後でゆっくり話そうね」



先輩の言葉に私は頷く。



先輩が席に戻ると、会場はふっと暗くなった。









さあ、始まる。




私の好きな、オペラの世界が。






< 56 / 100 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop