恋より先に愛を知る



『おーい』




上の階の窓から私を呼ぶ声がする。


見あげると、そこには手を振る彼の姿。



だけど今はもう、そこにその姿はない。


あのドキドキの瞬間はどこへ行ったの?


今は、ただ寂しさだけが私を包み込んでいく。


私は悩んだ。


このまま帰ろうか、
最後に私の言いたいことを言ってしまおうか。



彼は呼んだら、来てくれるのかな。



きっと、彼はこない。


私の顔なんて、みたくないもの。


それでも伝えたくて、



このまま終わりにはしたくなくて、



後悔をしたくなくて、



私はそっとケータイを開いた。






―お疲れさま。今日の公演、楽しかったよ。
 話したいことがあります。

 ちょっとでいいから会って話せないかな?
 あの時のベンチのところで待ってます。―




ケータイを閉じると、すぐに返事が返ってきた。





―来てくれてありがとう。
 でもごめん、忙しくて行けないんだ。
 LINEで話してもらえないかな?―





ほら。



彼はもう、ここにはこない。



わかってたのに、傷ついた。




―そっか。じゃあ帰るね。
 最後に観られてよかった!ありがとう―




―来年は来れないの?―





簡単に言うんだなあ・・・。



来年なんて、私にはもう・・・。





―うん!学校やめるの!ピアノも歌を歌うのも、
 外に出るのも禁止って言われちゃって・・・
 だからこっちに来るのは今日で最後なんだ!―





わざと、明るく、明るく見せた。



哀しい思い出で終わりたくないから。




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