君色のソナチネ
今日は終業式。
明日から怒涛の夏休みが始まる。
セミが忙しく鳴いている中、蒸し風呂状態の体育館に詰め込まれていた小学中学時代。
迎え来る地獄の夏休みを、周りが開放感でわきたっている最悪な環境の中で抵抗もできずに受け入れなければならなかったあの頃を思い出す。
そんな私も高校2年。
冷房の効いた静かなホールの中で迎えられるだけ、自分自身も周りの環境も落ち着いてる。
いい意味で大人になったということかな。
とは言っても、やっぱりコンクールの『束縛感』は消えない。
形を変えて残ってる。
昔は、ただ舞台に立つ大きな緊張感が嫌だった。
今は、周りが評価するから、下手な演奏なんて死んでも出来ない。
まぁ、その立場にもようやく表面的には慣れ始めた。
それでも、コンクールの事を考えると、手が震える事がある。
そんなときはピアノに向かうんだけどね。
「最後に。
新学期が始まった時、今より一回りも二回りも大きくなった君達に再会できることを期待しています。」
例のごとく校長先生の長い話も終わる。
さぁ、教室に戻って、バックとって、帰ろーっと。
今日はショパンのエチュード三曲やって、シューマンのソナタ、バッハとモーツァルトやるかなぁ。
昨日したけど、ベートーベンソナタの52小節目からもまだ気になってるんだよなぁ。
あ、そういえば、今度のレッスン、リストもってこいって言われてた気がっ。
あ''ーーーー!
これだから本選まで予選が3つあるコンクールは厄介なんだよー!
しょうがない、やるしか無い。
帰るぞ、帰る!
くそー、明日の夏祭り断ればよかったぁーー!
そんな矢先。
「純怜〜!
明日の夏祭り、何着ていくつもりなの?
もちろん、浴衣よね?」
後ろから追いかけてきた華菜。
「…え?普通に私服で行くつもりだったんだけど。」
「嘘でしょ?」
「だって、浴衣持ってないし、歩きにくいし、袖の部分邪魔だし、暑いし、下駄歩きにくいし。」
「はぁ…。
純怜、それでも彼氏がいる女子?
彼氏に最高に綺麗な自分見て欲しい!なんて思わないの?」
「…思わない。
馬子に衣裳っていう言葉すら私には合わないと思うし。」
「もういいわ。いくわよ。」
私の腕を物凄い力で引っ張っていく華菜。
「え、えぇ?どこにっ!」
「浴衣買いに行くに決まってるでしょ!」
「ええええぇぇぇ!」
「うるさい!」
「だ、だって、今日はピアノ詰まってて…。」
「関係無い。」
「本当に、次のレッスン間に合わないし。」
「それじゃあツベコベいわずに自分の足でさっさと歩きなさい!
早く買って早く帰るわよ!」
「うぅ、わかったよ。」
華菜〜、顔怖いよぉ〜。
睨まないで〜。
せっかく綺麗な顔してるのに〜。
「神峰君、純怜かりるわね!」
「…あぁ?ああ。」
あ〜、怪訝そうに見てるよ奏。
もうこうなったらさっさと決めてやる〜!
「走る!!!」
「え?」
「だから、デパートまで走る!
華菜も走ってよ!」
「はぁ?
あ、ちょっと純怜、まってー!」
待たない!
今はピアノ弾く時間が1時間でも1分でも1秒でも欲しいの!
そう思って、学校から歩いて30分の道のりを、猛ダッシュした私だった。