君色のソナチネ
ー奏sideー
少し痩せたか…?
舞台に出てきた彼女を見て思う。
結果がどうであれ、あいつはあれ程やってきたんだ。
この予選が終わったらひとまず労ってやろう。
そう思っていると、アナウンスが入る。
『高校の部、6番。
曲目は、
ショパン エチュード 作品番号10-12、25-1。
ベートーベン ピアノソナタ 第14番 第3楽章。
水姫 純怜さんです。』
「奏くん、楽しみじゃな。」
隣でそう言っているのは、純怜のおじいさん。
高校の部が始まる前にホールのロビーで純怜のおじいさんとおばあさんに会ってから、一緒に見ている。
「そうですね。楽しみです。」
そう返事をすると、お辞儀をする純怜が目に入る。
いつも通りの笑顔にいつも通りの演奏までの流れだな。
過去のDVDと比べて見てみたとしても、少しもずれが無いんだろう。
と思うほどの完璧な流れ。
それも彼女の完璧な演奏につながっているんだろう。
椅子に座り、精神を沈め統一させる彼女は、流石というべきオーラを身に纏い、弾く前から人々を惹きつけ離さない。
鍵盤に乗せられた彼女の指から紡がれる音達はいつも極上の世界へと誘う。
ピアノの詩人、ショパン。
彼が作曲した練習曲は、それら全てが音楽的に完成されている。
技巧的な曲の中の随所に散りばめられた、流石はショパンとでも言うべきピアノスティックなメロディーは、長い間ファンを虜にしてきた。
__ショパン作曲 12の練習曲 作品10/作品25。
その中で、最も有名であろう曲、
___作品10-12。
ー-ー♪~
静寂を打ち切るような衝撃的な和音が、始まりを印象付ける。
低音がうねりを伴い荒れ狂う。
勢いのまま最後まで衰えないその様はまるで、
____『革命』。
技巧的な部分を物ともせずに朗々と歌い上げる純怜。
「ーーッ!」
そんな鬼気迫るような彼女の演奏に全身が粟立つ。
追い打ちをかけるように次々と鳴らされる和音。
俺は今、数少ない奇跡に立ち会えているのではないだろうか。
こんなにも息を呑み、心震わせている。
人を演奏で感動させることが、どれだけ難しくどれだけ大変な事か。
演奏者と聴き手が共鳴した時、初めて感動という奇跡が起こる。
「ッフ。」
革命が終わり、総立ちとなる観客の中で、一筋の涙を流している事に気がつく。
まさか俺がこいつに泣かされるとはな。
それに加え、厳粛なコンクールでプログラムの途中で総立ちときた。
たった2分間での出来事だぞ?
やってくれたなぁ、純怜。