君色のソナチネ
ー奏sideー
ホールのホワイエを通りかかった時。
「だれか、救急車!」
声のする方には人集りが出来ていて、その中から叫び声が聞こえてくる。
心臓が止まるかと思った。
純怜を探していた俺。
そんなときに出くわした場面に、それが純怜でないことを願った。
そんな俺の願いもむなしく、そこに倒れていたのは純怜で…
「どいてください!」
そういいながら人をかき分け、床に倒れ込んでいる純怜を抱き上げる。
「お前どこほっつき歩いてたんだよバカ。」
意識のない純怜にそう言うのは、俺に余裕がないからで、もしかしたら純怜の記憶が一気に戻ってしまったのではないかという危惧を払うためだったのかもしれない。
救急車を呼ぶ程でもないと思い、コンクールの結果は郵送してくれるように手続きをして、純怜のおじいさんとおばあさんと共にあの日は帰った。
あれから純怜に気を配るようにしている。
メールでも、一緒にする登下校でも、大丈夫かと何度も聞いた。
俺のその問いに、純怜は決まって、大丈夫だから心配しないでと答えてくる。
だから痩せたのも、コンクール前でかなり無理していたのだろうと思い、新学期が始まってからも今日まであまり心配はしていなかったのだ。
ーーー♪~
試験での、純怜の演奏。
冒頭から、勢いのままに紡がれるエネルギー溢れるアルペジオにホッとした。
今までの七色、それぞれが煌めき引き立てあう音楽。
「…。」
それがどうしたのだろうか。
展開部に入ってまもなく、7色の色が滲んで淀み始める。
1色1色それぞれが引き立て合うはずが、それぞれを侵し始める。
それは純白に覆われた純怜の周りの世界の時空が歪みはじめた事を意味しているのではないか。
記憶が戻りかけている…?
いや、彼女の事だ。
傷を技術力でカバーしてうまく誤魔化しているかもしれない。
そうだとしたら、もう完全に戻っていることも考えられる。
「お前、全然大丈夫じゃねぇじゃねぇか。」
この前のコンクールの時の純怜の演奏と比べると、確実に質が落ちているのがわかる。
まぁ、これを初めて聴いたクラスの奴らは気がつかないだろう。
それくらい、まだ酷いわけではない。
音楽になってないわけでもない。
だがそれは、コンクール前の彼女の追い込みのお陰だと思われる。
その時にある程度最高の音楽に仕上げていたからであって、コンクールからこっちの練習が功を奏した訳ではないと容易に悟ることができた。
むしろ、功を奏すどころか、足を引っ張っている、そう感じた。
久しぶりにいらいらした。
何も言ってこない純怜に対してではなく、純怜の変化に気がつかなかった自分に対して。
あんなに純怜の変化を恐れていて、予測できていたのに気がつけなかった自分の不甲斐なさに呆れているのだ。