君色のソナチネ




あれから1ヶ月がたった。


明日から12月だ。


外に出ると身を縮めなければやり過ごせないような本格的な寒さに、冬がやってきた事を実感する。


純怜はあいかわらず、軽い鬱的な状態から良くも悪くもなっていない。


医者から、リハビリのためにもピアノを弾くのはいい事だと言われている。


純怜もどこかピアノを欲しているのだろう。


まぁ、生まれた時から一緒にいたものだから、当然といえば当然だが。


だから、俺は純怜がピアノを弾いているのを見守る。


これは純怜自身に頼まれたからでもある。


最近は学校で一緒に練習をする事が多くなった。


言い変えれば、俺が純怜の練習を見てやる事が多くなったのだ。


「っあ。
ご、ごめんなさい。
お母さん、ごめんなさいごめんなさい。」


急に取り乱した彼女を抱き寄せる。


「純怜、大丈夫だから、落ち着け。」


事あるごとに、純怜は取り乱し、過呼吸になりかける。


その度に落ち着かせる。


純怜は、退院してからというもの、ずっとこの調子だ。


彼女が俺に練習を付き合ってほしいと言ってきたのも、そうなることが怖かったからだと思われる。


そして、嫌な事に左右されて、音楽が違う方向に捻じ曲がってしまうのが怖いと、そう言っていた。


それでも、ピアノに向かわない事はない。


そんな彼女のひたむきさに、感心するばかりだ。


そんな純怜は取り乱すとき以外、普通に弾いている。


ただ、あれからというもの、彼女の音楽から、一切の色が消えてしまった。


暗闇に包まれたように、淡々と弾いていく。


そうなる度に俺は純怜に声をかける。


淡々と弾いていくだけの練習では下手になっていくだけだという事を彼女自身が良くわかっているからこそ、辛い中で俺に頼んできたのだから、俺が妥協するわけにはいかない。


純怜が望んでいる以上、前の純怜の音楽を復活させてやりたい。


と言うよりも、新しい、本当の純怜の音楽を見つけ出してやりたい。


そう思う。



「純怜、今度の小児科のクリスマスコンサート、弾くよな?」


毎年、3回、近くの大学病院の小児科で、俺たちの学校の音楽科は、学年ごとにボランティアコンサートを開いている。


12月24日のコンサートは、2年が担当になった。


だいたいコンサートでは1人ずつ演奏するように先生がふり分ける。


しかし、今回は、純怜の様子を見ながら俺に決めてほしいと先生から言われていた。


「…今回は、やめておこうかな…。」


その言葉を聞いて、内心落ち込んだ。


これから先、本当に俺は純怜の演奏を聴けなくなるのかもしれない。


そう過ぎったが、無理させるのは良くないと思い、


「そうか、まぁまた機会があるさ。」


そう言って、また練習へと戻った。








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