君色のソナチネ




でも、震えは止まらずに増すばかりで、小学生の習いたての子でも弾けるような旋律なのに、指が追いつかず音を外しそうになる。


やっぱり駄目だーーーー


そう思った瞬間、左側から飛んでくる手。


私が外しそうになったその音を拾ってくれた奏。


それが余計に苦しくて、もう私の手は旋律を奏でることができなくなっていた。


空に浮いて止まる手。


目には涙が浮かぶ。


そんなとき。


「お前はもうプロも同然だ。
音楽家が子供の夢を奪うような事だけは絶対にするな。
そんな事したら俺が絶対に許さないからな。」


隣から聞こえてくる声。


「弾くふりしてろ。」


屈辱的なその言葉。


でも、言っている事は正しくて。


弾くふりをした。


悔しい。


ただただ悔しい。


今まで生きてきて経験した事のない悔しさ。


久しぶりに蘇った悔しい思いが私の心を支配する。


ぶわっと溢れ出る涙に目が霞む。


それでも弾くふりを続けた。


そんな私を気遣ってくれたのか、クラスのみんなが私と奏が弾いているピアノの周りを囲うように並んでそれぞれの楽器で一緒にきらきら星を演奏してくれる。


弾くふりをするしかない私の隣で、2人分を1人分に即興でアレンジしながら、超絶技巧並みの
きらきら星を女の子と私の為に弾いてくれている奏。


そんな彼が弾き終わって額に流れた汗をぬぐった時、私の悔しさは頂点に登った。



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