恋色シンフォニー

「パガニーニのカプリース24番。超うまくてびっくりした。あはは」
照れ隠しに、バカっぽく笑ってみる。
「それだけ?」
「うん? 素人だから、難しいことわかんないし」

すごい人だというのはわかった。
だけど、それを三神くんに言うのはなんだかまずい気がする。
なんとなく。

「ふぅん……」

ほら。今でさえ不機嫌だし。
設楽さんにライバル心でも持ってるんだろうか。
男のプライドは厄介だ。

「お疲れさまんさー。やあやあ、綾乃に三神っち」
変な挨拶をして休憩室に入ってきたのは、同期で総務の百合だ。
美人なのに、ちょいとエキセントリック。
金曜日の飲み会で私の席をとった女。
おかげで大変だったじゃないの!

満面の笑みで近寄ってくる。
何だろ。
「あーやーのっ。見たわよ! 超かっこいい彼氏!」
「誰の?」
「またまたとぼけちゃって! 綾乃の彼氏だよー!」
「はいっ⁉︎」
「あたし、飲み会の次の土曜日、出勤だったんだけどさ。駐車場で、ちゅーされてるの、ばっちし見ちゃったもんね!」

‼︎
それをこの場で言うか!
ほら、三神くんの不機嫌オーラが増大してるよ!

「いや、違うから! ほっぺたにだし、ただの挨拶だし!」
「あたしは安心してねぇ。前の彼氏と別れてから元気なかった綾乃が、新しい彼氏と楽しそうにしてるの見たら、涙が……よよよ……」

人の話をきけっ!

「へぇ。橘さん、あいつと……」
三神くんの低い声。

「だから違うって! 設楽さんには、完全に不意を突かれただけだから!」

そのとき、絶妙のタイミングでポケットの中の会社携帯が振動した。
取引先からの電話だ。
ナイス!

「あ、じゃあ、私、仕事に戻るから。設楽さんとはほんとにそれだけだし、彼氏じゃないからね!」

三神くんと百合に宣言して、休憩室を逃げ出した。
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