さくら、ひらひら。
海斗が香澄先輩と抱き合うシーンを見て、逃げ出して。
その場から逃げだして、動けなくて。

『いっそのこと、何もなかったことにできたらいいのに』

男の声は、甘い蜜のようだ。
“出逢うことのないままだったら、諦めたままでいられたのに”

『その世界に、連れて行ってあげましょうか』

男は私に歩み寄り、そっと私の手を取った。
瞬間、ふわりと桜が舞う。


目の前には、大きな桜。
風に舞う花弁が雪のよう。
そして行き交う人々の楽しそうな笑い声。
暖かな日差しと、せせらぐ川。
風に舞った花弁は、川縁に集まっている。

どことなく様子がおかしいのは、全てがモノクロの世界で作られていること。
そして、私自身が半透明であるということ。
きゃぁきゃぁと笑い声をあげてはしゃぐ子供。
それを見守る大人たち。
その中に、誰かを見つけた。

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