恋の指導は業務のあとに

「何ですか。まさか俺、失敗しましたか」

「悪い、仕事のことじゃない。単刀直入に訊く。最近、若葉と何を話している?」

「あー、それっすかー。それは言えないっす!すんません!」


清水は一瞬ホッとしたような声を出したが、バシンと両手を合わせて拝むようにして「すんません!言えません!池垣さんから聞いてください!」と繰り返す。

若葉が話さないから、お前に訊ねているんだが。


「主任。池垣さんを信用してあげてください!失礼します!コーヒーごちそうさまっす!」


自販機コーナーから逃げるようにして去っていく背中を見送り、俺も缶コーヒーを買った。

ガコン!と音を立てた自販機に背中を預けて、コーヒーを飲み干す。


信用しろ、か。

全くその通りだ。

俺はどうかしている。


頭を冷やして商品部の部屋に戻ると、出勤していた若葉と清水が仲良く話をしていた。

デスクが隣同士で年も近いから仕方がないといえば、そうだが・・・。


「主任、これ見てください」


部下に声をかけられ、仕事モードに頭を切り替える。

今から俺は、ひとりの男ではなく、営業課主任の羽生健二だ。

もちろん、仕事中は若葉にも厳しく当たる。


「カキネ、準備はできているのか。今日は初営業だぞ。気を引き締めろ。ぐずくずするな」

「はいっ!準備万端、いつでもOKです!」


大きな鞄を抱えて張り切る若葉と外回りに出る。

営業トークはまだまだ拙いが、相手と打ち解けるのが早くてなかなか筋がいい。

彼女が独り立ちするまで、あと一息だ。

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