恋の指導は業務のあとに
チャーハンのやける香ばしい匂いを嗅いでいると、急にお腹がすいてきた。
私もしっかり食べて元気を出さなければならない。
明日から仕事なのだから。
「レンジ、お借りしまーす」
お手軽簡単レンジでグラタン。
マカロニとレトルトのホワイトソースがセットになっているから、あっという間に熱々の美味しい夕食の出来あがりだ。
ここで食えよと言われて、ダイニングテーブルに向かい合って座ると男の眉の間に深いしわができた。
「女子力ねえな」
「今日は、たまたまです。いつもはちゃんと作ってるんですから。それに、他所のキッチンは使いにくいんです」
「ふぅん、ま、そういうことにしといてやる。そういえば、まだ自己紹介してなかったな。俺は羽生健二。あんたは?」
「・・・池垣若葉です」
「池垣若葉か。へえ、なんか垣根みたいな名前だな」
「垣根じゃないです。池垣です。池は水溜まりの池ですから」
私にとってのNGワードが飛び出したので、またまたムカッとする。
この名前のせいで子供の頃にさんざんからかわれたのだ。
“子供”といい“垣根”といい、この人は私のコンプレックスな部分を見事に突いてくる。
「俺、褒めてるんだけど。印象深くていいぞ」
「違います。みんな垣根の方で覚えるんですから。やめてください」
そうなのだ。子供の頃つけられたあだ名が“垣根”で、ずーっとそれが付いてまわっていた。
この誰も知り合いのいない土地に来て“脱垣根”をするつもりなのだ。