恋の指導は業務のあとに
旅先のアヤマチ?


入社して既に2ヶ月ほどが経ち、営業に回るのも幾分か慣れてきた。

先輩社員たちとは雲泥の差があるけれど、名刺の受け渡しも緊張せずスムーズにできるようになってきた。

まだまだ羽生さんには叱られてばかりだけれど。


「では、次回見積りをお持ちいたします」


羽生さんが書類を黒いビジネスバッグに仕舞うのを期に、テーブルの上に散らばったパンフレットをまとめて社名入り封筒に入れる。

パンフレットには企業ノベルティグッズの種類と価格が載せられているのだ。

お相手に渡して、改めてしっかり目を通して貰わなければならない。


「どうぞよろしくお願いします」


封筒を差し出すと、白髪混じりの広報担当さんはふくよかな頬を緩めて受け取った。


「はい、では羽生さん、見積もりの方は3種類でお待ちしています」

「承知しました。失礼いたします」


スッと綺麗なお辞儀をする羽生さんに倣って小部屋を出る。

外に出れば、空は黒い雲が厚く垂れこめていた。

雨が降りそうだなと呟いた羽生さんは、腕時計を見た。


「意外に時間がかかったな。今日はこれで社に戻って見積もりを仕上げる。カキネは営業報告を書いたら終いだ」

「はい」


会社に戻りエントランスを通れば、おなじみのあま~い声が私たちを迎える。

私たちというか、羽生さんを、だけれど。


「あ、羽生さぁん。おかえりなさ~い。お疲れさまですぅ」

「ただいま戻りました」


事務的に言って通りすぎようとした彼を、牧田さんが呼び止める。


「あ、待ってください~。羽生さん、社員旅行の行程案内ご覧になりましたぁ?今年の一日目は神戸でフリータイムがあるんですぅ。よかったら、ご一緒しませんかぁ?」

< 56 / 111 >

この作品をシェア

pagetop