恋の指導は業務のあとに

──罪作り。

ふとそんな言葉が浮かんだ。

きっと、羽生さんみたいな人を“罪作りな男”と言うのだ。

ほんのちょっぴり優しくされたり、少し構ってもらっただけで女は落ちて、告白すればすげなく振られる、みたいな。

例えばいつもクールな羽生さんの場合、女子社員が落とした物をサッと拾って“気を付けて”と渡したただけで、女は“優しい”と感じてしまう。

怖くて近寄り難いから、些細なことを過大評価してしまうのだ。

そう、不良が雨に濡れてる捨てネコを拾うのを目撃した、みたいに。

営業でまわってるとき極々たまに“トイレはいいか?”と訊いてくれるだけで、気遣ってくれた!と思ってしまうのだ。

本人は全然その気がないのに。

自分がトイレに行くついでだったりするのに。

でも好きになったのは、そんなところだけではない。

仕事に対する姿勢とか、部下からの信頼が厚いところとか、尊敬しているのだ、いろいろと。


お昼時の社員食堂、向かい側に座る羽生さんはカレーライスを食べ、私はキツネうどんを黙々とすする。

彼は女子社員たちの熱い視線を集めていて、みんな食事しながらチラチラとこちらを見ている。

一緒にいる私はとっても落ち着かないけれど、こんな風に社員食堂で食べるのは珍しいことだから、注目されるのはしかたがないと諦めるしかない。


「話しかけてみる?」

「一緒にいるのって誰?」

「営業課の子だよね?」

「彼女じゃないわ、全然釣り合わないもの」


等々、話をしているのが聞こえてくる。

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