恋の指導は業務のあとに
ドーンと任せてください!と、羽生さんに言ったものの、A社まで一人で行くのは初めてで緊張する。
『とりあえず、何か言われたらメモをして“上司と相談します”と言え』
羽生さんに教えてもらった見積書のポイントを、メモを見ながら頭の中で反芻する。
質問されたら、間違えないように答えなくてはならない。
柳田さんのようなデキル女への第一歩目、しっかり遂行するのだ。
受付の前を通るとき「お疲れさまです。A社に行ってきます」と声をかける。
琴美はいってらっしゃいと返答してくれたけれど、牧田さんは私と目が合うなり、ツン!とそっぽを向いた。
イヤミを言われないだけマシだけれど、どうしてこんなに嫌われているのだろうか。
琴美と苦笑いを交わしたあと外にでると、営業から戻ってきた清水さんに会った。
「お疲れさまでーす」
「あれ?池垣さん、もしかして一人で外回り行くんですか?」
「はい。外回りというか、羽生さんの代わりにA社まで書類を届けに行くんです」
「どうやって行くんですか。営業車?」
「いえ、電車と徒歩です。車は、羽生さんに禁じられました。ペーパードライバーで危ないから、練習してからだ!って。では、行ってきます!」
「ああ池垣さん、待って。俺A社の近くまで行くんで、乗せて行きますよ。帰りは電車になりますけど」
「え?でも・・・」
今、帰ってきたところなのに?と首を傾げる私に、清水さんは忘れ物を取りに会社に寄っただけで、またすぐに出ると言う。
「ちょっと待っててください。すぐに取りに行ってくるんで」
返答をする間もなく、清水さんは身をひるがえしてエントランスに入った。