恋の指導は業務のあとに

食事って二人きりなんだろうか。

教えてもらいたいけれど、羽生さんの顔が頭に浮かんでストップをかける。

どうしようか。

こんなとき、どう断ればいいのだろう。


「あ、えーっと、でも私は飲めないですし。お時間取らせてしまっては、悪いですし」

「何言ってんすか。ぜんっぜん、悪くないっすよ。それに絶対飲ませませんから、大丈夫っす!見積りとか営業トークのコツとか、聞きたくないですか?先輩たちの体験談なんかも、俺、たくさん持ってますよ」

「体験談。それは是非とも聞きたいです。けど・・・」

「じゃあ決まりっす。7時に駅で待ってます。いいっすね?すっぽかしは無しで。あ、着きましたよ。やっぱりデカイ会社っすよねえ」

「ですよね・・・」


前方に、縦にも横にも長いビルが見えてきた。

TUJIMOTOの細長いビルが何個入るのだろうかっていうくらい、どっしりして威厳さえ感じる。

いよいよだと思うとドキドキしてしまい、見積書の入った封筒をぎゅっと抱えそうになって慌てて止める。

大事な書類をグシャグシャにしてしまっては大変だ。


「ありがとうございました」


じゃ、また後でと走り去っていく車を見送り、スマホの時計を確認する。

約束の14時にはまだ15分くらい余裕があるけれど、受付を訪ねた。


「TUJIMOTOの池垣です。企画室の田山さんとお約束しています。ノベルティグッズの見積書をお持ちいたしました」

「はい。少々お待ちくださいませ」


優雅な手つきで内線をかけた受付嬢さんは、田山は3階の第1会議室でお待ちしておりますと優雅に微笑み、口頭で場所の案内をしてくれた。

きっちりと教育された笑顔と口調と仕草が、会社の規模の大きさを感じさせて緊張感を増幅する。

入社してから初の営業らしい仕事だ、しっかりしなくては!心の中で気合いを入れて、田山さんが待つ会議室に行き、見積書を渡した。


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