恋の指導は業務のあとに

その夜。


「わあすごーい、大パノラマ」

「気に入りましたか」

「はい、こんなところに来るのも食事するのも初めてです」


清水さんに連れてきてもらったのは駅そばのタワービルにある展望レストランで、一面いっぱいにはめ込まれた窓ガラスの向こうには、街の夜景が果てしなく広がっている。

それがとても綺麗で、ひたすら感嘆の吐息がもれてしまう。


暗めの照明と夜景がロマンチックで静かなレストラン内は、大人のカップルばかりが目に入る。

みんな柔らかい笑顔で話をしながら上品に食事をしていて、私みたいなオコサマは場違いではないかと思ってしまう。

だってこういう素敵なところは、恋人と一緒に来るのが一般的なのだろうから。


『ね、清水さんは?若葉のこと気にしてるみたい』


急に、琴美が言っていたことを思い出した。

まさか、ね。

営業のことを教えてもらえるだけだよね?

ほかに理由はないよね?


向かい側に座った清水さんの笑顔は、暖色系のライトに照らされていつもよりも優しく見える。


「料理は俺のオススメを頼んであるんで、楽しみにしていてください。バッチリ美味しいっすから」

「オススメということは、清水さんはよくここに来るんですね。常連さんですか?」

「いえ、まさか。滅多に来ないっすよ。来るのは、こんなときだけ」


こんなときって、どんなとき?

そう思うけれど、訊くのを止めて話題を替える。

このままだと周りのオトナで甘い雰囲気に流されて、勘違いして挙動不審になったら困る。

なにせ、慣れていないのだ。

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