恋の指導は業務のあとに

暗いスタジオの中で、リビングルームのセットが組まれた空間だけが浮かび上がって見える。

カメラと椅子に座った撮影監督みたいな人と照明さんとその他、撮影スタッフだけでも10人くらいいそうだ。

こんなふうにして、CMを撮るのだ。

独特な雰囲気が漂っていて、こんな中で演じる子は自信と度胸がないとできそうにないと思える。

リビングのセットの中では、幼稚園児くらいの男の子が真剣な表情で『かえっこ、ころりん』で遊んでいた。


「はい!OK!一度止めまーす」


声が掛かって、メイクさんらしき人が男の子に駆け寄って髪を整えている。

撮影した映像を確認する人たちの間で、「足りないなあ」と言い合ってるのが聞こえきた。


「何が足りないんでしょうか?」


羽生さんに訊ねると、スッと首を傾げる。

彼もわからないのだ。


「柳田、何か問題がおきたのか?」

「うん、真剣すぎて笑顔がないの。夢中なのはいいんだけど」


いつも撮影するときは子どもモデルの緊張を解すスタッフをお願いするのだけど、今回はスケジュールの都合で手配できなかったという。


「年齢が高いからいいと思ったんだけど、失敗したわ。今から探しても無理だし」


柳田さんは困った表情で羽生さんを見上げる。


「母親はダメなのか?」

「母親によるのだけど、多分無理だわ。少しキツイ人なの。無理矢理な笑顔じゃ楽しさは伝わらないわ」


柳田さんの背後にあるセットの方では、母親らしき人が「もっと楽しそうにしなさい」って言っている。

その態度と語気が強くて、柳田さんのいう通りだと思えた。

男の子はうなずくだけでにこりともしない。

却って緊張しちゃったのかな・・・。

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