婚約者はホスト!?④~守りたいもの~(番外編あり)
鍋の中のシチューがゴトゴトと音を立てた。
私はガスを弱火にし、サラダの野菜を切り始めた。
『なつのシチューはホントにうまいな…。』
そう言って圭司はいつも誉めてくれた。
あの顔が、また見たいと思ったから…。
退院したら、シチューにしようと決めていた。
イタッ!
玉ねぎをスライスしていたら、手元がツルッと滑ってしまった。
人差し指からは、ジワジワと血が滲んでいく。
けっこう 深く切ってしまったようで、あっという間に指先は赤く染まってしまった。
その指をぼんやりと眺めているうちに、私の目から涙がポタポタと落ちてきた。
今 ズキズキと痛むのは、指なんかじゃなくて私の心だ。
分かっていたことだけど…。
覚悟の上で、そばにいたいとお願いしたことだけど…。
さっきのは、やっぱりキツかったな…。
私はキッチンにうずくまり、声を押し殺しながら泣いていた。
「どうしたの?」
その声にはっとして顔を上げると、圭司が心配そうな顔をして私の方に歩いてきた。
私のそばまでくると、圭司は松葉杖を置いて骨折した足首を庇いながら床にかがんだ。
「あっ 指 切っちゃったのか。けっこう深いな 救急箱ってどこにあるの?」
「えっ? あっ 後ろの引き出しに…。」
圭司は引き出しを開け、ゴソゴソとあさった。
「指 見せて…。」
私が指を差し出すと、圭司は消毒を始めた。
上手に右手と口を使いながら、あっという間にガーゼと包帯を巻いてしまった。
手先の器用さは、少しも変わっていなかった。
「ちょっと 大袈裟かもしれないけど、こうしておけば、そのうち血も止まるから…。」
圭司は慰めるように、優しい顔で笑った。
「ありがとう…。」
涙を手で拭きながら、私は笑顔を作った。
包丁で手を切って泣いていたなんて、どれだけ子供みたいに映っただろう…。
それでも、本当の理由を知られるよりは…ずっといい…。