溺愛レンズ
それから彼が話しかけてくる事はなくて、もちろん私から話しかける事もない。
だからか、時間はゆっくりと流れ…そして空を夕日に染めていく。
空の写真をとるのに夢中だった私。
さっきまでいたニャンコはいつのまにか居なくなっていて、そして彼はやっぱり木陰の下で町並みを見渡していた。
その背にそっと近づいて、そして夕日に反射したこの風景をカメラに収める。
「お前さ、名前何て言うの?」
いつもタイミング良く、何かを察知するみたいに話しかけてくる彼は、こちらに振り返る事なくそう聞いてくる。
「レイです、杉咲レイ」
そんな彼に、もう緊張する事は少なくなってきていて普通に受け答えが出来るようになった。
私の言葉を聞いた彼は「レイか」と言って小さく呟く。
聞こえるか聞こえないかそんな些細な声…それなのに、私の胸は何故かドキンっと音を上げて脈を早くさせる。
まるで身体中の血液がギュンと一方方向に強く流れ出していくみたいに、ドクドクと波を打った。
「あなたの名前は?」
そんな自分の心音を誤魔化すように、彼の背中を見つめる。