たまごのなかみ
「小指にはねぇ、運命の赤い糸が巻き付いてるんだよ」

 まだ小学生の頃だったか、そんなことを友達が言った。

「そんなの、見えないよ?」

 私は自分の手を掲げて、小指をまじまじと見た。

「見えるわけないじゃん。運命の糸なんだよ? でもね、それは絶対誰かと繋がってるの」

 どこか乙女チックな友達は、そう言って、うっとりと小指を包み込むように握った。
 当時はこの言葉の真意を、二人ともわかってなかったんだ。

 『絶対』誰かと繋がっている。
 それは決して嘘じゃなかった。



 高校生になった今、私はまじまじと自分の小指を見る。
 子供の頃の戯言など真に受けているわけではない。

 だが運命というものは、あるのではないか。
 何故か最近、そんなことを想う。
 たとえば。

「沙希。帰ろう」

 廊下から声をかけるのは彼氏。
 付き合って一か月ほどだが、何か違うんだな。
 こいつには運命を感じない。
 ……申し訳ないんだけど。



 そんな昔聞いた戯言が、やたらと思い起こされる夏休み。
 毎年お盆の行事で焚く迎え火に乗って、ご先祖様がやって来た。

 ひいじーちゃんの弟だという侍。
 ひいばーちゃんと恋仲だったものの、病で添い遂げられなかったらしい。

『今度こそ、誰にも奪われないうちに』

 送り火に乗って帰るとき、八郎はそう言って私を抱き締めた。
 私の意識は過去に飛ぶ。

「思い出した。平八郎……。その姿は?」

「一代後の姿です。姫様、しばし彷徨っておられましたね」

「あの国境で待っていれば、きっと来てくれると思っていたのです。しばらくあそこで彷徨ったのは、自害した罰でしょうか。その後の生でも、平八郎は病に侵されて……」

 私の姿はいつの間にか、本来の姿になっている。
 輿に乗って城から逃げた、あのときの姿。

 前の八郎も、ふと見ると姿が変わっている。
 先程までは総髪の牢人体だったのが、今はきちんと髷を結った青年だ。

「平八郎。会いたかった」

「姫様」

 かつては触れることも叶わなかった。
 でも今は、しっかりと私を抱き締めてくれる。

「出会う度に少しずつ、距離は縮まっておりましたが、やはりこういう形でしか、はっきりと結ばれることは叶いませなんだな」

 少し寂し気に、平八郎が言う。

「それでも、これでいいのですよ」

 そう言って私は、平八郎の顔の前に小指を立てて見せた。
 そこにははっきりと、赤い糸が巻き付いている。

「あのとき、私は平八郎にこれを見せたはずなのだけど」

 果たされなかった、指切りの約束。

「……すみませぬ。あのときは、見えませなんだ」

 でも、と平八郎も、自分の右手を掲げる。

「今は、はっきり見えまする」

「結ばれるまでに、長くかかりましたね」

 糸は確かに繋がっていた。
 相手が死んでも。
 転生しても。
 心が結ばれない限り、糸は決して切れない。

 身体の奥深くには、僅かに抵抗する感じがある。
 おそらく直近の、沙希の感情だ。

 無理もない。
 沙希が八郎と会ったのは、ほんの三日前。
 しかも八郎は霊体だった。

 でも心のどこかでは気付いていたはずだ。
 今までは誰と会っても糸を感じなかったはず。

 私の心は何度転生したって平八郎を求める。
 現に沙希も、平八郎の次の生である八郎に惹かれたではないか。

「行きましょう」

 あの世とこの世の境の闇で、平八郎の差し出す骨張った手を、私は離れないよう、強く握った。


*****終*****
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