たまごのなかみ
 きしきしと、下駄の下で白い雪が軋む。
 滑らないよう慎重に歩く横を、子供がはしゃぎながら通り過ぎて行った。

 橋の上で立ち止まり、顔を上げると、一面雪に覆われた町を、人々が同じように慎重に歩いている。
 だがどこか皆嬉しそうだ。

 雪など毎年降るのに、何故積もる雪に人は心躍るのか。
 視線を足元に落とし、冷え切ってしまった手を擦り合わせる。

「寒いけど、やっぱり雪は綺麗よねぇ」

「積もると全てが真っ白になって、心が洗われるわ」

 若い女子が話している。
 何とまぁ、お気楽なことか。

 雪が綺麗なのは表面だけだ。
 少し蹴散らせば、雪のせいでどろどろになったいつもの道が顔を出す。

 大体雪なんぞ、いつまでもあるものではない。
 溶けかけの雪ほど汚いものはないではないか。
 一面の雪景色は美しいが、それは汚いものを刹那的に隠しているだけだ。

 気付けば雪が、肩に少し積もっていた。
 空を見上げれば、鈍色の空から白い雪が舞い落ちて来ている。

 何故あんな汚い雲から、こうも真っ白な雪が落ちて来るのだろう。
 そう考えれば、雪は不思議だ。

 汚い雲から綺麗な姿で生まれ、地上の汚いものを覆い隠す。
 だがそれはその場凌ぎでしかなく、隠したはずの汚いものは、さらに汚くなって、再びその姿を曝す。

 そうか、雪は所詮、その場凌ぎの付け焼き刃だ。
 慌てて隠したはずの罪が、いずれはより醜悪な姿になって衆目に曝されるように。
 必死で隠そうとした綺麗なものを、あっという間に呑み込んで。

 ふ、と息をつき、肩に積もった雪を払う。
 寒さに赤くなった足の上に雪が落ち、たちまち溶けた。

 ああ、そういえば。

 歩き出し、ふと振り返る。

 雪野原に散った血飛沫は綺麗だったな。

 しんしんと橋に降り積もる雪を眺め、腰に差した刀の重みを感じた。
 罪は罪でも、美しい罪を隠すことなくぶち撒けば、それは汚くなることなく流れ去る。

 不思議なものだ、と腰の愛刀から手を離すと、橋に背を向け雪を踏みしめた。
 きし、と、下駄の下で、白い雪が少し汚れた。
 だがそれも、新たな雪がすぐに覆い隠すのだろう。


*****終*****
< 8 / 9 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop