たまごのなかみ
鬼
血のにおいがする。
打ち粉を振る手を止め、刀身を翳して目を凝らした。
随分酷使したからかな。
ここのところ、手入れが追いつかない。
隊内粛清の嵐が吹き荒れているせいだ。
「ほんにその刀は、お前に合っているな」
ぎらりと光る刀身に、斬り捨ててきた者の顔が映る。
「仮にも同じ釜の飯を食った人間を、一体何人その手にかけてきたのか」
「そんなものをいちいち覚えていたら、ここではやっていけない」
大乱れの刃紋を眺め、そこに映る影を見る。
これは己の顔か、亡者の顔か。
「この指料、相応しい者に振るわれて幸せよのぅ。のぅ鬼神丸」
「刀工にそう思われるとは光栄だ」
ふふふ、と影が笑う。
愛刀、鬼神丸国重。
摂津の国の刀工だ。
どの刀よりもしっくり手に馴染む。
「明日も一働きして貰う」
「また粛清かえ」
「鬼の副長に目を付けられちゃ、どんな野郎でもお終いだ」
「ここは鬼がひしめいておるのぅ」
くくく、と相変わらず影は含み笑いを漏らす。
「覚えておおき。あからさまに『鬼』と呼ばれる者は、実はさほど怖くはないよ。ほんに怖いのは、自覚なく心に鬼を飼ってる奴さ」
影の言葉は、納刀と共に消えた。
「さ、左之助さん……」
朝靄の中で、小十郎の顔が強張っている。
「許せよ、小十郎」
すでに小十郎の胸に突き刺さっている槍に、左之助が力を込める。
が、小十郎は、わっと叫ぶと槍から逃れて駆け出した。
水菜畑を、よろめきながら逃げて行く。
左之助は追わなかった。
そこがこいつの甘いところだよなぁ、と心の中で呟きながら、水菜畑に足を踏み入れる。
そう進まないうちに、地面に手を突き喘いでいる小十郎に追いつく。
槍で胸を突かれているんだ、体力もないこいつには、逃げることもままならないだろう。
「は、一さんも追っ手ですか……?」
小十郎の白皙が、苦しそうに歪んでいる。
まだ若く美しいこの少年を殺すのは忍びないと、左之助は思ったのかもしれない。
人間五十年。
ふと、幸若舞が浮かんだ。
美しい若者を殺すことを躊躇う武将。
でも。
「俺は俺の考えで、為すべきことを為すだけだ」
びゅっと鬼神丸国重を振り下ろす。
「お前はほんに、恐ろしい男だよ」
血に濡れた鬼神丸が、けたけたと笑った。
*****終*****
打ち粉を振る手を止め、刀身を翳して目を凝らした。
随分酷使したからかな。
ここのところ、手入れが追いつかない。
隊内粛清の嵐が吹き荒れているせいだ。
「ほんにその刀は、お前に合っているな」
ぎらりと光る刀身に、斬り捨ててきた者の顔が映る。
「仮にも同じ釜の飯を食った人間を、一体何人その手にかけてきたのか」
「そんなものをいちいち覚えていたら、ここではやっていけない」
大乱れの刃紋を眺め、そこに映る影を見る。
これは己の顔か、亡者の顔か。
「この指料、相応しい者に振るわれて幸せよのぅ。のぅ鬼神丸」
「刀工にそう思われるとは光栄だ」
ふふふ、と影が笑う。
愛刀、鬼神丸国重。
摂津の国の刀工だ。
どの刀よりもしっくり手に馴染む。
「明日も一働きして貰う」
「また粛清かえ」
「鬼の副長に目を付けられちゃ、どんな野郎でもお終いだ」
「ここは鬼がひしめいておるのぅ」
くくく、と相変わらず影は含み笑いを漏らす。
「覚えておおき。あからさまに『鬼』と呼ばれる者は、実はさほど怖くはないよ。ほんに怖いのは、自覚なく心に鬼を飼ってる奴さ」
影の言葉は、納刀と共に消えた。
「さ、左之助さん……」
朝靄の中で、小十郎の顔が強張っている。
「許せよ、小十郎」
すでに小十郎の胸に突き刺さっている槍に、左之助が力を込める。
が、小十郎は、わっと叫ぶと槍から逃れて駆け出した。
水菜畑を、よろめきながら逃げて行く。
左之助は追わなかった。
そこがこいつの甘いところだよなぁ、と心の中で呟きながら、水菜畑に足を踏み入れる。
そう進まないうちに、地面に手を突き喘いでいる小十郎に追いつく。
槍で胸を突かれているんだ、体力もないこいつには、逃げることもままならないだろう。
「は、一さんも追っ手ですか……?」
小十郎の白皙が、苦しそうに歪んでいる。
まだ若く美しいこの少年を殺すのは忍びないと、左之助は思ったのかもしれない。
人間五十年。
ふと、幸若舞が浮かんだ。
美しい若者を殺すことを躊躇う武将。
でも。
「俺は俺の考えで、為すべきことを為すだけだ」
びゅっと鬼神丸国重を振り下ろす。
「お前はほんに、恐ろしい男だよ」
血に濡れた鬼神丸が、けたけたと笑った。
*****終*****