好きだと言って。[短篇]
「…っ」
少し進んで、家の全貌が見えてきたその時、私の足はまた、あの時と同じように石になったかのように固まってしまった。
家の前に見える影。
はっきりとは分からないけど…
「…な、なんでっ」
…哲平?
遠くから見つめる私の視線に気がついたのか、哲平らしきその影が私の方へと歩み寄ってくるのが分かった。
一歩。また一歩。
近づくにつれて確信する。
「…哲平。」
気が着いた私は一歩後ずさる。
なんで、
なんで…っ
メモリーも消した。
別れも告げた。
なのになんで…っ。
「…逃げんなよ。」
「…やっ…」
一歩下がれたことが本当に奇跡のように感じた。だって、それ以上私の足が動こうとしなかったから。
聞こえた声に、
びくりと体が揺れる。
目の前に立った哲平の顔を見ることが出来ず、私は自分の足元を見つめる。何を言われるのだろうか、そんな不安が一気に押し寄せた。
「朱実…」
呼ばないで欲しい。
その声で、呼ばないで…。