好きだと言って。[短篇]
収まったはずの涙が、ぐぐっと目元に現れたのが分かった。
「ひっ…ん」
せっかく泣かずに去れたのに。
これじゃあ何の意味もない。
小さく漏れた自分の声にはっとなり手で口を覆う。
「え…」
その瞬間、何が起きたのか私には理解できなかった。少し香るアルコールの匂い。少し強めに握られた腕。
いつもの哲平の匂い。
「…バイバイって何?」
つかまれた腕をそのまま引かれ、哲平の腕の中に包み込まれるようにして抱きしめられている私。
耳元で聞こえるその声は何処か震えていたような気がした。
「これは…どういう意味?」
チャリンと道路に落ちたのは、今まで自分の胸ポケットに入っていて、ついさっき哲平に返した銀の鍵。
「…なぁ。」
ぎゅっと抱きしめられる腕に力が入った。
その温もりを離したくなくて
もう1度…
なんて、考えてる私はやっぱり馬鹿なんだ。
期待しちゃいけないのに…。
「…哲平、もうバイバイしよ?」
「…。」
「…もう、好きでもない子にこんなことしちゃ駄目だからね?…ちゃんと、心から好きって思える子にしてあげてね。」
抱きしめられていたその胸を押し、にこりと笑顔を浮かべ哲平を見上げた。