好きだと言って。[短篇]



好きと言われたこともなければ、愛を囁かれた事だって当たり前になかった。不安ばかりが溜まって、どうしていいか分からなかった。



「…んなこと、ねぇし。」

「っ」


ほのかに香る香水の匂い。
それは確かに女物の、香水の匂い。


きっとあの人のだ。



「哲平、もう良いよ。…嘘は、いらないから。」



抱きしめられると弱くなる。
この腕を自分のものだけだと勘違いしてしまう。


違うのに…。



「朱実」

「良いの!離してっ」



ドンっと思い切り哲平の胸を押し、自分の体を開放させる。すっと離れた腕に、すっとなくなった温もりにまた涙が目元に溜まる。



「…んだよ。」

「…。」


突き飛ばされた哲平は勢い良く道路に尻餅をつく。そして小さく言葉を落とした。




「…~だ。」

「…バイバイ、哲平。」


聞こえなかったこといいことに聞こえないフリをして、私は自分の家に入るべく入り口の扉を開いた。




「好きだって言ってんだよ…」

「っ」



座ったままの哲平が、下を向きながらはっきりと大きな声で私に言う。


驚いた私は後ろを振り返る。
座ったままの哲平の瞳が私を捕えた。





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