それだけが、たったひとつの願い
 ぶわっと一瞬で目に涙が溜まっていく。
 私は照れを装い、視線を外しながら笑ってその涙をごまかした。
 そんなことを言われたら、離れられずにその胸にすがりつきたくなってしまう。

 この日、私たちは映画を見たあとに食事をして会話を楽しんだ。

 駅の改札で彼が私の額に素早くキスを落とし、繋いでいた手を放して彼の後ろ姿を見送ったら、すぐに涙があふれてきた。
 こうすると決めたのは私なのだから、泣く資格なんてないのに。

『ごめんなさい』と彼の後ろ姿に向けて、何度も謝りの言葉を心の中で唱える。

 それと同時に、もっと愛情表現をすればよかったと後悔の念も押し寄せた。
 愛していると、彼にもっと伝えればよかった、と。

 このあと私は相馬さんのマンションを出て ――― 姿を消した。


< 196 / 281 >

この作品をシェア

pagetop