それだけが、たったひとつの願い
 ジンの手元からそれを奪おうと思ったけれど、先ほどのスマホの二の舞だ。
 無理に奪えるわけがないとわかりつつドタバタと跳ねていたら、ジンに笑いながら片手で腰を掴まれる形で捕まって……
 そのまま、軽く引き寄せられた。

 その彼の行動に、一瞬で心臓がドクンと跳ね上がる。
 身体が密着している……そう思うと、緊張と羞恥と混乱で顔の温度が急上昇した。

「俺の質問に答えてよ」

「それは、昔私が書いた舞台の脚本」

「舞台?」

「高校の演劇部の。後輩に頼まれたの」

 昔から私には物語を妄想する趣向があった。
 頭の中で思い描く世界は、自分の思うがままで自由だ。
 空も飛べるし、魔法だって使える、タイムリープだって。
 どんな場面を思い浮かべても誰にも迷惑をかけないし際限がない。それが楽しかった。

 昔から本を読むのも好きだった。
 だけどそのうち、私なら結末はこうするのに、などと考えるようになっていき、自分で一から話を作って少しずつ書き留めるようになった。

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