ライ・ラック・ラブ
中等・高等部の6年間、所属していた弁論部のコンクールで、何度か金賞をもらったことは、経営者である父のビジネス経営の才能を、少しは受け継いでいるのかもしれないと、少なからず私は思っている。
でも父は私が会社の経営に参加することを好ましく思っていない。
というより、望んでいない。
娘たちを養い、且つ娘たちに経済的な豊かさを保証するために、社会に出て仕事をすることが、父としての義務であり、娘たちが結婚をした暁には、それが旦那様の義務となる。
あくまでも、私たち娘は養われる側であり、仕事をしてお金を稼ぐ側ではない、というのが、父が思う概念というか…父なりの娘たちへの愛情なのかもしれない。
だから私は大学卒業後、職に就くことは許されなかった。
でも父は私が会社の経営に参加することを好ましく思っていない。
というより、望んでいない。
娘たちを養い、且つ娘たちに経済的な豊かさを保証するために、社会に出て仕事をすることが、父としての義務であり、娘たちが結婚をした暁には、それが旦那様の義務となる。
あくまでも、私たち娘は養われる側であり、仕事をしてお金を稼ぐ側ではない、というのが、父が思う概念というか…父なりの娘たちへの愛情なのかもしれない。
だから私は大学卒業後、職に就くことは許されなかった。