好きって言っちゃえ
「そうよ、剣二さん。舞だって、ついに胃がんで死んじゃうんじゃないかって呪縛から解き放たれて結婚しようかって時が来ようとしてるんだもの。愛が亡くなってから、そのくらいの時が流れたってことよ」
「・・・」
悦子の優しい口調に、剣二はトーストを置き、少しうつむくと柔らかい笑顔を悦子に向けた。
「・・・そうですね。哲平も生意気になってきましたしね」
「そうよぉ」
焦げたトーストを拒否されたばかりの悦子は顔を歪めながら大きく頷いた。その顔に苦笑いになりながら剣二が続けた。
「ですが、僕の中の愛はまだ色褪せてないんですよ」
「・・・剣二さん・・・」
剣二の言葉に悦子の表情は一瞬にして穏やかなものとなった。
「哲平には母親が必要かと思うこともありましたが、お義母さんと、舞ちゃんのお陰で何とかやれて来て、お二人には本当に感謝しています」
「そんな、感謝だなんて、水臭い。家族なんだから当たり前でしょ」
「ありがとうございます。だから、僕は哲平のためとか考えなくて良かったので、この家でずっと愛を感じながら生きてくることが出来ました」
「剣二さんには養子に入って貰って、写真館まで継いでもらってたのに、愛も主人も全部剣二さんに任せてあっという間に逝っちゃって。剣二さんにはホント、申し訳ないと思ってるのよ」
「そんなこと言わないでください。この家に居れたから、愛が亡くなっても、僕は幸せに生きてこれてるんですから」
「ありがとう、剣二さん。でもね、もし、他に好きな人が出来たら、遠慮なくお付き合いしてね。結婚だってしたっていいって思ってるのよ。あなたが婿養子に入ってくれた時から、あなたは私の本当の息子だと思ってるんだから。愛息子には、ちゃんと幸せになって欲しいのよ」
「・・・お義母さん」
「ねっ。だから、遠慮だけはしないで頂戴。あ、写真館は責任もって続けてもらうわよ。舞は頼りないんだから」
「はい、もちろん。ですが、まだまだしばらくは愛を好きでいさせてください」
「剣二さん・・・。ありがとう」
早くに亡くなった娘の夫に、娘が未だに深く愛されていることに目頭が熱くなる悦子であった。