好きって言っちゃえ

航とて、決して生理的に美雪が嫌いというわけではない。ただ、『取引先の仕事の出来る人』で『会長の娘さんの友達』という2重の肩書があるので、いち女性として美雪を見るという事が無かったのも事実だ。

「さぁ、5分経ちましたよ~。移動して下さ~い」

「フラれても、絶対、仕事で意地悪なんかしないから、大丈夫よ」

美雪は精一杯の笑顔でそう告げた。

「・・・」

「すみません。移動してもらえますか?」

「ああ、すみません」

頭上から次の人に声を掛けられて、航は慌てて席を立って、

「また、後で」

と、一言美雪に言い残し、次の席へと移動して行った。

「・・・」

「初めまして」

「・・・あ。初めまして」

『また、後で』と言った航の真意はどこにあるのか?ドキドキして航を見つめていた美雪は目の前に座った男性の声に気づいて作り笑顔で答えた。

「もう、あの人に決められたんですか?」

「え?」

「いや、なんかあの人移動したくなさそうっだったし。あなたは僕の事、全然見てくれてないし」

「・・・」

「あれ?俺、変な事いったかな?」

「ううん。その通り。私はあの人に決めた」

「あ、マジで?じゃ、この5分は俺たちにとって無駄ってこと?」

「そうかもね」

「あ、そんなにあっさり言っちゃう?でも、話したら意外と俺の方を好きになるかもしれないよ?」

「なるかな~」

「俺の年収聞いたら好きになるかもよ?」

「年収?ひょっとして4桁万円とか?」

「まぁね」

凄く自慢げな男性な表情に内心げっそりしながらも美雪は、航に『好き』って言ってしまった清々しさで笑顔で対応するのであった。






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