好きって言っちゃえ
悦子からの内線を受けた悠一は2階のスタジオの受付カウンターに立って、女性が上って来るのを待っていた。と、間もなくゆっくりスタジオのドアを開けて、先ほどのピンク色のワンピースの女性が現れた。
「いらっしゃいませ」
柔らかい笑顔を向けて悠一が女性に声をかける。うつむき加減にカウンターまで歩み寄ると女性は、
「あの〜…」
と、小さな声でその後を言い難そうにしている。悠一は、それ以上の女性の言葉を待たずに、
「お写真ですよね?とりあえず、こちらの台帳にお名前とご連絡先ご記入していただいてよろしいですか?」
と、穏やかな優しい声でカウンターの上にあるお客様台帳を広げて、ボールペンを差し出した。
「っ!」
目の前に出て来た大きな手に包まれたボールペンを見て、思わず顔を上げて、真っ直ぐ悠一の顔を見上げる女性。
「どうぞ」
「…はい」
女性は、ボールペンを受け取ると台帳に名前を書き始める。名前の欄に『鈴木 桃子』『スズキ モモコ』と書き込まれる。住所を書いて、生年月日の欄で、桃子の手が止まった。
「あの…生年月日も書かないといけませんか…」
台帳を見つめたまま桃子が小さな声で尋ねた。
「ああ、一応決まりなもので」
仕方なく、桃子は生年月日も書き込み始める。その日付を見て、
「あ、もうすぐ誕生日なんですね。おめでとうございます」
と、屈託ない笑顔を向ける悠一に生年月日を書き終えた桃子は目を合わせずに呟いた。
「もう、めでたくなんかないんです…」