ビタージャムメモリ
10.震える指
「いえ、生産は自社ラインを優先させたい。今他社に、信頼して品質を任せられる工場はない」
「そう仰いますけどね、すでにフル稼働なんですよ」
生産管理部門の男性があからさまなため息をつくと、嘘つけ、と柏さんが口の中でつぶやいた。
先生がその足を、机の下で蹴る。
「承知の上です、ですがこの商品には、貴部署が育ててきた品質管理のクオリティを活かしたいんです、検討していただけませんか」
「まあ、検討するだけならね」
会議はそんな感じで、全体的に逆風ムードのまま進んだ。
この中を前進するのは、相当な根気と工数がいるに違いない。
私は無力感に苛まれながら、じっとそれを聞いていた。
「あーあ、この間までなら、この後の発表会の定例会を楽しみに頑張れたのに」
「まあそう言うな」
解散した後、うんざりと伸びをする柏さんを、先生がなだめた。
早々に退散しようと資料やノートをまとめていた私は、話題がこちらに向いたことに気づき、ついぎくっとする。
反射的に先生を見たら、目が合ってしまった。
一瞬、形容しがたい間があった後、先生のほうが口を開いた。
「…申し訳ない、時間を取らせて」
「いえ、こういう段階から広報が関わらせていただけることは、まずないので、貴重です。ありがとうございます」
そう頭を下げて、そそくさと会議室を後にした。
絶対気を使わせた。
自分が情けない。
私のほうこそ、これまで通り振る舞わなきゃいけない立場なのに。
でもまさか、こんなふうに先生と顔を会わせる機会がまたできるとは思ってなかったから。
思っていなかったからこそ、あんなことを言ったわけで。
…いきなりすぎて、どうしたらいいかわからない。
「お帰り、どうだった、プロジェクトの会議?」
「難航…という印象でした、正直」
「だろうねえ」
はは、と野田さんが苦笑する。
「工場はみんな頭固いから、いきなり新しいもの作れなんて言われたら、まず反発してみるって文化なんだよね」
「時間の無駄じゃないですか?」
「お、どうしたの、気が立ってるね」