ビタージャムメモリ


『メジャーな曲ばっかりだから、興味なくても楽しめると思うぜ、奢るから来いよ』

「チャリティなら、ちゃんと払うよ、面白そうだし」

『あ、ほんと? サンキュー、じゃあ俺が立て替えてるから、後で俺にちょうだい』



わかった、と返事すると、チケットは受付で取り置きしておいてもらえると教えてくれる。



「こういう演奏会、よくやってるの?」

『たまにかな、今回は友達に誘われて』

「歩くん、友達なんているんだ!」

『お前、いくらなんでも言っていいことと悪いことがあるだろ』



冷ややかな声に、悪い意味じゃないよと慌てて返した。

安心したのだ。

歩くんの世界には、もしかしたら先生しかいないのかもと思っていたので。

こういうイベントに誘ってくれるような友達が、ちゃんと周りにいるんだなと知ってほっとしたのだ。



『ま、いーや、じゃ夕方な。可愛くしてこいよ』



はいはい、と答えて電話を切った。

ベッドに寝転がって、送られてきた情報を改めて眺める。


都内の国際交流団体が主催する、弦楽四重奏あり、ゴスペルあり、持ち寄りパーティありのクリスマスイベントらしい。

アヴェ・マリア、メサイア、アメイジング・グレイス…と確かに私でも知っている曲目ばかりが並んでいて、安心できる。

特に予定もないし、こういう機会でもない限り音楽を聴きに行くことなんてないので、誘ってもらってよかった。

何を着ていこうかな、なんて今からわくわくする。



室内に足を踏み入れた私は、うわっと驚いた。

会場は都内の、落ち着いた住宅地の一角にある石造りの建物で、暗くて外観はよくわからなかったんだけれど、中は予想以上に、本格的にクリスマスムードだった。

受付のある小ぢんまりとしたパーティ用の広間は、中央に大きな、本物のもみの木がどんと立っていて、豪華に飾りつけられている。

チキンやミートローフ、サラダといったパーティフードが所狭しと並んでいて、いろいろな人種の子供たちが群がっていた。

奥にあるドアを抜けるとコンサートホールがあり、そこは吹き抜けになっていて上部にステンドグラスと十字架がある。

教会っぽいというより、ここはたぶん、教会だ。

まずい、心の準備もせず、本式のところに乗り込んでしまった。


ベンチタイプの座席は、すでにかなり埋まっていて、パーティ会場に姿の見えなかった大人たちはここにいたのかと納得した。

歩くんからおすすめのポジションを指示されていたので、ステージ向かって左側の、前から3列目…と探す。

ちょうど空いていた。

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