ビタージャムメモリ
嫌そうな声を上げつつも、ぎゅっと抱きしめて髪にキスをくれた。

軽い音を立てながら、耳やこめかみにも唇を押しつけてくる。



「なー、キスしていい?」

「もうしてるじゃない」

「口にだよ。クリスマス前に悲しいことばっかじゃかわいそうだろ、だからプレゼントしてやる」

「そんないいものなんだ」



不遜で無邪気な物言いに笑うと、冷たくなった指で私の顎を持ち上げて、歩くんがにやりとした。



「決まってんだろ、俺のキスなんて、ほんとなら順番待ちだぜ」

「あ、そう」



お互いの白い息が散る。

見とれるような綺麗な目が伏せられて、あっさりと唇が重なってきた。

ちょっと甘い挨拶といった感じの、さすがの加減に、実は少し構えてしまっていた私は安心して、確かにプレゼントだなと受け取ることができた。

歩くんはもしかして、スキンシップが好きなんだろうか、なんて考えていた時。



「──歩!」



だしぬけに女の人の声がした。

車のドアが閉じる音がし、ヒールの足音が近づいてくる。

はっと身体を離した歩くんが、訝しげな視線を投げた。

ファーの派手なコートに身を包んだ、背の高い女性。



「探したのよ、会場にいないから。帰るところだったわ、会えてよかった」



華やかな顔立ちの、綺麗な人だ。

見られた場面が場面なだけに、私は慌てて、最初に浮かんだのは、例のクラブの店長さんの恋人かな、だった。

でもそれにしては歩くんの反応が変だ。



「あ…」

「歩くん…?」



怯えているような様子すら見せて、私の手を強く握る。

それは痛いくらいの力で、震えていた。

女の人は、私に目を留めると、くっきりと描かれた眉を上げ。



「どうも、歩の母です。ちょっと息子をお借りできる?」



こともなげに名乗ると、尊大にそう言い放った。



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