ビタージャムメモリ
02.氷
「そっかー、無事でよかったよー」
彼があんまり大きな声を出したので、何事かと部内の人がこちらを窺った。
「はい、まずは問題なく」
「取材も順調?」
「ですね、眞下さんの説明がわかりやすくて、ライターさんがしきりに感心なさって」
「噂の氷っぷりは拝めなかったんだ」
氷っぷり…。
「確かに愛想はかなり、ないですが、氷というほどのことも、なかったです」
「開発の仕事においては、厳しいんだろうね」
先輩はうんうんとうなずき、お疲れさまと労ってくれる。
「シニア向けの通販雑誌からも、取材の依頼があったよ」
「メールいただいた件ですね、調整します」
「え、できる? 俺やろうと思ってたけど、無理しなくていいよ」
その提案に、私は少しの間、黙った。
目がPCのディスプレイの上をすべっていく。
「…大丈夫です、やります」
バカ、と罵る自分もいた。
何度も顔を合わせるうちに、先生が私のことを思い出したらどうするの。
あんな恥ずかしい記憶、よみがえったが最後、私の立場なんて地に落ちる。
一方で、少しでも先生との関わりを保ちたいという思いが、確かにあった。
この新技術に関する仕事以外に、今、私と先生を繋ぐものはない。
手放したら、そこで終わり。
それだけは、しちゃダメ。
何か、本能のようなものが、そう告げていた。