ビタージャムメモリ
「巧兄は、それで俺が満足するって思ってんの」
「さっきも言ったように、チャンスなんだ。誰もが手に入れられるものじゃない。軽々しく潰すことはできない」
「いらねーよ」
「歩、一時の感情で早まることだけはするな」
「一時!?」
落ち着かせるように、先生が手を取ったのを振り払って、歩くんはつかみかからんばかりの勢いで叫んだ。
「一時だって? 俺があの女に、どれだけ、どれだけ…」
「歩」
まっすぐ見つめられて、歩くんの目に涙が浮かぶ。
気が高ぶりすぎて、言葉が出なくなってしまったらしく、歩くんは信じがたいという表情を浮かべて、先生を見ていた。
「…歩」
「聞きたくない」
「後でもう一度話そう」
「聞きたくねーって、もう帰って」
耳をふさぐように頭を抱えて、うつむいてしまう。
先生の顔が、心配そうに憂えた。
「歩…」
「帰れって!」
これ以上は、何を言っても逆なでするだけだと判断したんだろう、先生が息をついて、席を立つ。
私と目を合わせると、何も言わずに小さくうなずいて出ていった。
ごめん、よろしく。
きっとそんな意味。
「歩くん…」
顔を伏せたままの肩が、震えているのがわかる。
すすりあげるような音がして、思わずその頭を抱き寄せた。
「歩くん…」
「…信じらんね…」
泣いてる。
肩口で、潤んだ声が吐き捨てた。
「なんで、あんなこと言えんの、巧兄…」
その小さな、悲鳴みたいな叫びが、かわいそうで。
でも、先生の思いも、確かに理解できて。
私は何も言ってあげられないまま、ただ歩くんを抱きしめた。