ビタージャムメモリ
「ツバメという文化が廃れない理由がわかった気がする」
「古いな」
「40代50代になって、その頃まで独りで、しかもお金があったら、若くて綺麗な子にいてもらいたくなっちゃうよ」
「やめとけよ、絶対むなしいぜ」
そうかなあ、と考えを捨てきれないままテーブルにつく。
歩くんの手料理は、凝りすぎず無頓着すぎず、ちょうどいい。
先生も毎日このごはんを食べていたんだと思うと、同じものを食べさせてもらえるありがたさと、それを取り上げてしまった申し訳なさが募る。
「先生、食べてるかな」
「それなんだけど、弓生、明日時間ある?」
「一日暇だよ」
冬休み初日に、予定なんて入れていない。
そう答えると、れんげを片手に、歩くんがすまなそうな顔をした。
「作り置きできるおかずを用意したからさ、すげー悪いんだけど、明日それ、うちに持ってってくれないかな、俺、用事あって」
「先生のいない間に? 勝手に上がっちゃっていいのかな」
「全然いいよ、鍵預けるから、冷蔵庫に突っ込んできて」
「わかった」
お安い御用、と請け合う。
歩くんはほっとしたように笑って、うまい? と首をかしげた。
* * *
翌日は冬晴れの、気持ちのいい外出日和だった。
そういえば、今日は歩くんの誕生日だ。
先生のマンションに向かう電車の中で、はっと思い出した。
帰りに大きな駅に寄って、何か買っていこうかな。
でも18歳の男の子って、どんなものを喜ぶんだろう。
歩くんが持たせてくれた、おかずの詰まった保存容器をいくつも入れたバッグを膝に抱えて考える。
身近にいない世代すぎて、見当もつかない。
あんまりたいそうなものをあげるのもおかしいし、お菓子を作るにも、本人が同じ家にいるんだしなあ、とか。
有名パティシエのスイーツでも買ってこうか。
そんなことを考えつつ、平日の午後ののんびりした駅前を、マンション目指して歩く。
先生は今頃、年内最後のひと仕事の最中だ。
もうすぐ着くという頃、ふと何かが近寄ってくる気配を感じた。
紺色のセダンが音もなく真横に現れ、ぎょっとする。
後部座席の黒い窓ガラスが下りて、見覚えのある顔が見えた。