ビタージャムメモリ
14.特別な日
最初の触れ合いは一瞬で終わった。

先生の唇は、重なったと思ったらすぐ離れて、触れるか触れないかの距離で、こちらの気配を探るようにじっとしている。

指は変わらず、私の耳元で、髪に差し込まれたまま。


痛いほど鳴る心臓のおかげで、呼吸が苦しいくらいなのに、息なんてとてもできない、静かな静かな時間。

膝をついていたソファが、柔らかく軋んだ。


先生の目が、こちらを見ているのがわかる。

そのせいで、私はかえって目を閉じることができなくて、かといって開けているのも恥ずかしくて、視線を伏せ、泳がせた。

時折ふいに、唇が重なってくる。

その一瞬だけ、先生の瞼が下りる。

甘い、煙草とお酒の香り。


ふと重なっては離れ、お互いの唇の間で呼吸が温まる頃、また柔らかく重ねられる。

触れていない時間のほうがずっと長い。

その間、ぎりぎりまで引き伸ばされる緊張と期待。

すぐそこに感じる先生の体温。


もういっそ、飛びついてしまいたい。

そのほうがずっと楽なのに。


自分が震えているのがわかった。

めまいがしそう。


こんなキス。

後で忘れてって言われても、絶対無理だ。


どのくらいそうしていたのか、ふと先生が離れていく気配がした。

緊張とドキドキのあまり、くたびれて朦朧としていた私は、いつの間にか目を閉じていたらしい。

瞼を持ち上げると、視界が涙で薄く滲んでいる。


先生の手が髪から抜かれ、肩へと移動して、ぽんとそこを叩いた。

はっとした。



「眼鏡、どこだろう」

「えっ、あ」



ぼんやりしていた頭が、急に現実に戻ってくる。

慌てて落ちたあたりを見ると、探すまでもなく床の上にあった。

というか、先生も、そのへんを見ているように見えるのに。

これはよほど目が悪いに違いない。

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