ビタージャムメモリ

「え、なあ、どんな感じで? なんか言われた?」

「ううん、た、たぶん先生も深い意味はなかったんだと思う…」

「そんなわけねーだろ、流れで面倒抱え込む歳じゃねーよ」

「そうなのかな…」



もはや記憶もおぼろげで、混乱している。

一度頭を冷やさないとまずい、と考えているうち、本当にくらくらしてきた。

よたつく私の肩を支えてくれた歩くんが、眉をひそめる。



「なあ、さすがに顔赤すぎじゃねえ?」

「え…」



ひんやりした手が、おでこに当てられた。

げっ、という声を聞きながら、私は浮遊感と、頭痛と、猛烈なだるさに飲み込まれていくのを、薄まる意識の中で感じていた。





「38度1分!」

「喉痛い…」

「立派な風邪じゃねえか、バカ!」



体温計を乱暴にケースに戻し、ベッドの私を見下ろす。

そういえば、ここ数日、ちょっと身体が重かった気もする。



「消化にいいもん作ってやるよ、しょーがねーな」

「食欲ないよ…」

「食わなきゃ治んねえの。吐き気がないなら無理にでも食え」



さすが眞下家、対処法が男らしい。

歩くんはブチブチ小言を言いながら、這うようにしてベッドにもぐり込んだ私のコートとマフラーをハンガーにかけてくれる。



「このマフラーも、行ったり来たり忙しいな」

「…歩くん、先生の、これまでの相手とかって、知ってる?」

「相手って、彼女のこと?」

「そう」



腕まくりをしながら、うーんと歩くんが首をひねった。



「まあ、あー今、決まった女いるんだなって気配を感じる時は、あったよな。休みが予定で埋まってたり、けっこういいプレゼントもらってきたりさ」

「どんな人だった?」

「一回、向こうの別れ際に遭遇したことがあるんだけど、その時のはまあ、大人の女。落ち着いた感じの」

「へえ…」



やっぱり、あの余裕は、そういう経験から来るものなのか。

黙り込んだ私を、歩くんが首を90度傾けて覗き込んでくる。

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